#芥川直木全読予想 第172回(24年下半期)レビュー:芥川賞編

最推しは、永方佑樹「字滑り」
arimayoco 2025.03.08
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毎年夏と冬、芥川賞・直木賞の候補作が発表されると、三宅香帆さんと2人で10作品全部読んで予想するスペースを開催しています。

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あと年に2回のお楽しみ!「芥川賞直木賞候補作を全部読んで予想するスペース」も今週末、1/11(土)11:30-やります!こちらは毎度おなじみ無料だけどアーカイブなしのリアタイのみ一本勝負!三宅香帆 @m3_myk さんと忖度なしのガチ批評です。ハッシュタグは #芥川直木全読予想
x.com/i/spaces/1ynJO…
Scheduled: #芥川直木全読予想 📚25年上半期 arimayoco’s Space · Where live audio conversations happen x.com
2025/01/09 23:43
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候補作発表から結果発表までの期間は意外と短く、かつ芥川賞候補作は雑誌にしか掲載されていなかったりするので毎回地味に大変なのですが、候補作の作家さんも聴きにいらしていたりと、私がやっている音声配信の中でも最も緊張感があり、労多くして手応えもある、そんなスペースです。

「忖度なしのガチ批評」を謳っているので毎回アーカイブなしの一本勝負。しかし経年で追っていくと俯瞰したときの時代の流行などが大掴みできるとわかってきて、放流しっぱなしももったいないな~と思ったので、自分の感想をメモ代わりに残しておきます。皆小説読もう!

どの作品が選ばれてもうれしい! 粒揃いの芥川賞

では早速芥川賞から。毎回10作品読んでいくと、「今期は芥川賞がおもしろい」「今期は直木賞がレベル高い」という回がそれぞれにあり、今回は芥川賞が粒揃いでした!

期によっては私も三宅さんも「この作品はちょっと……おもしろさがわからなかった……」という作品が受賞することもあり、そのすれ違いこそ「純文学」ジャンルの醍醐味だったりもするのですが、いち読者としては「こっちの方がいい作品なのに!!!」という悔しさも。芥川候補作は「純文学」でかつ「新人作家の」作品なので、結果によって「本が売れる/売れない」はもちろん「単行本になる/ならない」が決まることもあるだけに、直木賞よりも「この作家さん/作品がフックアップされてほしかった!」というわれわれの暑苦しさもひとしお。そんな中「全作おもしろい! どの作品が受賞しても納得!」という候補が並ぶのは、本当にうれしいものです。

そもそも、なんでこんなに大変なスペースを年に2回もやっているかって、「国内現代小説おもしろいよ! 皆もっと小説読もうよ!」と暑苦しく訴えたいから、であるからにして。芥川直木は「全国紙やTVの夕方のニュースで特定の小説がもっぱら取り上げられる」貴重な機会であるからにして、「年に1、2冊しか小説読まない」人にとっても、おもしろい小説であってほしいのですよねぇ。

「文体芸」を超えたユーモアがある「字滑り」

話す言葉や文字の表記が訓読みのひらがなのみになるなど表現が乱れる「字滑り」が局所的に発生する世界。この現象に関心を寄せるモネ、骨火、アザミは、頻発するという土地で開業予定の宿泊施設からモニターとして招待される。地元住民に話を聞くなどするが、何も起きないまま、最後の夜を迎える。

そんな粒揃いの中、私の推し作品は永方佑樹「字滑り」です。上記リンク見ていただくとわかるように、単行本化されておりません……(こういうことなんですよ……)。でもすごくいい小説なので、掲載雑誌「文學界 24年10月号」はKindle化されておりますので(文春さんありがとう!)、ぜひKindleで読んでください。(この号の文學界はインターネット特集で、1,100円で宮内悠介「暗号の子」も市川沙央「大転生時代論」も読めるし、藤谷千明さんとphaさんのインターネットエッセイも読めて、インターネットフレンズはきっとたのしいよ!)

著者の永方佑樹さんは詩人。純文学は時代ごとに劇作家、芸人など、周辺領域の才能も取り込みつつその裾野を豊かにしていったジャンルですが、ここ10年もっとも注目を浴びているのは「歌人・詩人」による小説創作ではないでしょうか? 平素から切り詰めた文字数での創作に取り組まれている歌人・詩人による小説は、言葉や文体に独特の鋭利な感覚があるという強みを持ちつつ、どこか技が勝ってしまっていたり、「物語」としての強度に物足りなさを感じることも多い……と思っていたんです、数年前までは!

それがどうでしょう、近年だと芥川賞候補だけでも、今回「ダンス」で候補になった竹中優子さん、「Blue」川野芽生さん、「いなくなくならなくならないで」向坂くじらさんなどなど、繊細な感覚と文体の強度、にくわえて「物語」としてのおもしろさを、両立どころか3つ4つと連立されている書き手さんが増えている印象です。「字滑り」もまた然り。「世に流通する言葉が少しずつずれていく」というのはSFなどでも時折見る題材ですが、現象そのものよりもそれにまつわる人間の右往左往にフォーカスが当たることで話が進んでいきます。

文章にもキャラクターにも、つかず離れずだけど温かい絶妙なユーモアがあって、さっくり読みやすい小説でありつつ、クライマックスに出てくる幻想的なシーンの文章がはっとするほどうつくしく、「あぁ、純文学を読んだ!」という満足感があります。題材に左右されずに独自の世界を展開できる作家さんだと思うので、これからもいろんな題材を書いてほしい。次作もたのしみです。

むしろ直木賞をとってほしい「ダンス」

同じ部署の三人が近頃欠勤を繰り返し、その分仕事が増える私はイライラが頂点に。ある日、三人のうちの一人、先輩女性の下村さんから、彼らの三角関係を知らされる。恋人を取られたのに弱っているのか開き直っているのか分からない下村さんの気ままな「ダンス」に翻弄される私は、いったいどうすれば――

続いて竹中優子「ダンス」。これはねー、評価が難しい小説でした。一読しての感想は「うまい! とにかくうまい!」話の運びもキャラクターの造形も文章の達者さも、一言で表すなら「新人離れ」した、という言葉になる。でも「2016年に「輪をつくる」50首で第62回角川短歌賞、2022年に第一歌集『輪をつくる』で第23回現代短歌新人賞を受賞。同年、第60回現代詩手帖賞を受賞。2023年、第一詩集『冬が終わるとき』で第28回中原中也賞最終候補」という著者を「新人」と呼ぶのも変、というか失礼な気も……。

おもしろさもクオリティも申し分のない一編ですが、今回予想に入れなかったのは、どちらかというと直木賞をとってほしいな……となってしまったから。そう、角田光代や島本理生のように……! あとここ数年のエンタメ小説で有数におもしろかったのが津村記久子『水車小屋のネネ』で、直木賞候補に挙がってないのなんで!? と思いかけた、津村さんは芥川賞とってるわ。不文律な気がするけど、両方受賞ってだめなんですかねぇ。

「ダンス」はまさに「年に1、2冊くらいしか小説を読まない」人が読んでもたのしめる作品。竹中さんは今後、ドラマ化や映像化されるような作品をいっぱい書いていかれるのでは、と予想します。「ひさしぶりに本読みたいな」という働く女性には特におすすめです。

J文学の正統すぎる後継「DTOPIA」

恋愛リアリティショー「DTOPIA」新シリーズの舞台はボラ・ボラ島。ミスユニバースを巡ってMr.LA、Mr.ロンドン等十人の男たちが争う──

受賞作です。おめでとうございます!

安堂ホセさんはですね……デビュー時から完全に当方の一方的な思い入れによるオタク仕草をしてしまう著者でして……。

arimayoco
@arimayoco
『ジャクソンひとり』これはぁぁああ私がこの10年くらいずっと「ハァ〜誰か97-01年文藝のテンションに現代のフェミニズムほか必須教養を盛り込んだ小説書いてくれないカナ〜?」て思い続けてたやつううぅぅつまり「ぼくがかんがえたさいきょうのじゅんぶんがく」じゃんんんんと大興奮したんだけど??
2022/12/31 00:40
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arimayoco
@arimayoco
卵からうまれて最初に瞳孔にうつったのが00年前後の文藝なので一生J文学の話しちゃうし皆が思ってる18倍くらい私は河出書房新社単推し強火だよ……
2022/12/31 00:44
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arimayoco
@arimayoco
安堂ホセさん、推し作家は川上未映子さんとのことですが作風的には寧ろ初期阿部和重作品に近いって何で誰も教えてくれなかったん?????初期阿部和重作品好きまだ気付いてなくない??皆読もう
2022/12/31 13:04
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arimayoco
@arimayoco
待って……今日スペースで「『ジャクソンひとり』めっちゃJ文学なのに誰もJ文学の話してない、世界で私しか話してない、まよひとり」ってたら明日発売の文藝の2特が「阿部和重が語る 『J文学とは何だったのか』聞き手:阿部晴政(元「文藝」編集長)」なんだけど……!待って!kawade.co.jp/sp/isbn/978430…
2023/01/06 23:40
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「J文学ってなんですか?」となった方は、以下の円堂都司昭さんの記事がわかりやすいです。

という個人的な思い入れはさておき。安堂ホセこそデビュー作「ジャクソンひとり」からそれこそ「新人離れした」個性と実力の持ち主だったわけで、「ジャクソンひとり」がまさかの受賞ならず「迷彩色の男」とノミネートが続いたときも「安堂ホセが芥川賞に値するかどうかではない、芥川賞が安堂ホセをわかるかどうかだッ」みたいな私見をカマし続け、「逆に何もコメントすることはないッ」という私内殿堂入り候補者だったので受賞、本当に本当にうれしい。(君は芥川賞の何なん?)

恋愛リアリティショーの話かな? と思って読みはじめたら原宿の秘密のスタジオで拷問の闇バイト展開にドキ、という誤配も起こりそうで、「万人に気軽に薦められる小説か?」と問われると即答しにくいのですが、ラストのボラボラ島の宝探しのシーンは今回の候補作中でも随一の名シーンです。若さとか愚かさとか暴力とか黄金とか、全部が南国の陽光に晒されてギラついて、こんなに水を弾くような文章があるんだ、と惚れ惚れしますよ。

「もったいつけ」のゆくえ「二十四、五」

  「これは、叔母がどんなに私を思ってくれていたかということを、その死後も巧妙なやり方で繰り返しほのめかされ時には泣かされたところでぴんぴんしている、根深い恨みである。」
実家を出て二年、作家になった二十四五の私は弟の結婚式に参列するため、仙台に向かっている。五年前に亡くなった叔母の痕跡を求めて、往復する時間の先にあるものとは。

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