芥川賞が該当作なしだったので『鳥の夢の場合』を全力で推す

第1回 有田三宅賞(2025上半期):純文学編
arimayoco 2025.07.27
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第173回芥川賞が該当作なしだったので、代わりに「有田三宅賞」を発表します!

#芥川直木全読予想 スペースに関する、有田三宅のスタンスなどは、直木賞について書いた前記事をお読みください。

▼前回の芥川賞レビューはこちら

ちなみにレビューに入る前に……! 候補作の1/2が収録されている「文學界」2025年6月号は前回有田が推した永方佑樹さんの新作も載っているし、ダガー賞受賞したての王谷晶さんによる映画連載「鑑賞する動物」は九龍城砦回だし、1,320円で大充実の内容なのでおすすめだよ。

小説にしかできないこと『鳥と夢の場合』

「おれ、死んでもうた。やから殺してくれへん?」彼の胸に耳を当てた。するとたしかに心臓が止まっていた――。シェアハウスに住まう二人と一羽の文鳥。一つ屋根の下、同居人の蓮見から初瀬にもたらされた、気軽で不穏な頼み事。夢と現、過去と現在、生と死。あちらとこちらを隔てる川を見つめながら、「わたし」が決断するまでの五十五日。

群像新人賞受賞したての新人・駒田準也さんの作品。今回、ノミネート作に好きな作家が3人並ぶ中で唯一の新人、ということでほぼノーマークだったのですが、結果一番好きな小説になった、ダークホースです。こういう出会いがあるから芥川賞はやめられないな~!

いわゆる意識の流れ系小説というか、たとえば主人公が道を歩きながら家まで帰るのに次の橋を渡るか、いややっぱりそのさらに次の橋を渡るか、どっちの橋を渡って帰っても家までの距離は同じだけど、景色がいいほうがいいか距離を感じさせない方がいいか……とつらつらと考えるシーンが冒頭から丹念に書かれていたりします。「あ、これは小説でしか書けないような、映像でもマンガでもなく小説で書かれるからこそおもしろい類の表現だな」と、ぐっと作品に引き込まれました。

こういった作風だとだんだん意識の流れのほうが乖離していってしまって、頭でっかちな小説にどんどんなっていくリスクがあるのですが、本作ではつついたら崩壊しそうな日常を繋ぐ縦線として、宮本武蔵の『五輪書』とペットの「文鳥」が設定されているのも大変気が利いていて達者。死んでいるかもしれない同居人と生きている文鳥に挟まれ、主人公は『五輪書』に書かれている通りに、首とうなじと背中をどう動かすかを意識するように、定期的に自分の身体と精神の現在地を確認する。

外から家に帰ってきたときにひんやりした空気が服の中に入ってくる感触だとか、友達の家を訪ねたら友達がお茶を淹れてくれるだとか、そういったディテールを書けるかどうかこそが作家の「地力」だと思っている節が私にはあって。生活の細部をきちんと拾っていく筆運びには、新人離れした安定感があります。柴崎友香や保坂和志が好きな人におすすめしたいな。次作もたのしみです。

外国籍作家への(お門違いな)期待『トラジェクトリー』

英会話教師として日本で就職したブランドンは、アポロ11号の月面着陸計画の記録を教材に、熟年の生徒・カワムラとレッスンを続ける。やがて、2人のあいだに不思議な交流が生まれていく。日本に逃げたアメリカ人と、かつてアメリカに憧れた日本人。2人の人生の軌道<トラジェクトリー>がすれ違う時、何かが起きる――  

前作『開墾地』も芥川賞にノミネートされていて、とても好きな作品でした。今回も英語教師のアメリカ人の目から見たここが変だよ日本社会を随所に散りばめつつ、「英会話教室」という場自体が持つある種の特殊性・緊張感を匂わせながらお話が進んでいきます。

4作のなかでは最も読みやすい文章で、老若男女誰にでも手軽におすすめできる佳作なのですが、著者の過去作すべて読んでいる身からわがままを言うと、「これで賞を取ってほしい!」というインパクトにはやや欠けるかも。『開墾地』にあったサウスカロライナと父の祖国イランの対比、『鴨川ランナー』にあった勤務先の八木町と遊びに出る京都市中の対比のような、地理的な立体感があったらまた印象が違ったかもしれない。

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