直木賞が該当作なしだったので『ブレイクショットの軌跡』を全力で推す
年に2回、芥川直木賞候補作が発表されると10作全部読んで、受賞作を予想するという生配信を文芸評論家の三宅香帆さんとやっています。

#芥川直木全読予想
x.com/i/spaces/1eaKb… Scheduled: #芥川直木全読予想 25年上半期📚 arimayoco’s Space · Where live audio conversations happen x.com
もともとは給料日ラジオの特集だったときから数えると、第164回(2020年下半期)以来、この5年間で10期分、このマラソンを続けています。「忖度なしのガチ批評」を謳っているがゆえに、毎回アーカイブなしの一本勝負。ま~三宅さんもわたしも本業だけでも忙殺されている中、2・3週間で10冊読んで評価を用意するのって結構なカロリーなのですが、定点観測しているからこそ見えてくるものもあり、やり甲斐に満ちてたのしいので、われわれが芥川直木の審査員にならない限りは一生続けていこうと思っております。
もともと芥川直木賞って「小説もっと盛り上がるといいな~若手作家の売り出しの場は必要だし~」と菊池寛先生がはじめたもので、結果的に現在、小説賞のなかでは最注目されているといえる盤石の地位を築いております。ベストセラーがなかなか出ず書店さんの閉店ニュースもよく聞かれるなか、賞をきっかけとして書店に足を運ぶ人が増えるのは、心温まるよねとかそういうレベルじゃなくて、われわれの愛する小説界が今日も一日寿命を延ばしました…… という意味でとても大事だと思う、というのが有田三宅の基本的なスタンス。

だったら現世を生きる一人の小説好きとして、われわれも全力でこの祭りに乗っかろうではないですか! 同じ阿呆なら踊らにゃ損損マインドです。だから読書好きのひととか編集者のひととかは一緒に10作読んでほしいし、それぞれの推し作はどれ! 理由はこれ! と、オーディション番組を見るような気持ちでもっと語り合いたいんだよ! と、毎回暑苦しく布教しています。
いっぽうで、全国区のニュース番組に小説が取り上げられる貴重な機会だからこそ、絶対におもしろい作品が選ばれてほしいというエゴもある。年に1冊か2冊しか本を読まない人にもリーチできるチャンスがあるのが、話題作のすばらしいところなのに、その1冊がおもしろくなかったら?「なんかいまいちだったな。日本の現代小説ってこんなもんか。同じ2,000円使うなら映画観るんだったわ」となってしまったら? われわれの愛する小説界の寿命が一日縮んでしまうのでは? ダメ絶対! 景気のいい業界だったらそれでいいのかもしれませんが、こっちは寿命がかかってるんだ……! 日本語読める人全員におすすめしたくなるような作品が選ばれてほしい。ということで、「受賞作予想」というよりは、自分たちの推し作はどれ! 理由はこれ! を忖度なく語り合う場として、ガチ批評を謳っているわけです。
だから今回みたいに該当作なしだと、もうずず~んと気分が盛り下がってしまう。貴重なベストセラー創出の機会が……小説界くんの寿命が……。しかし落ち込んでいてもしょうがないので、芥川直木は該当作なしだったけど有田三宅賞はあるから皆これを読んでねという方向に強引に舵を切ります!

直木賞予想は…
有田&三宅『ブレイクショットの軌跡』
芥川賞予想は…
有田&三宅「鳥の夢の場合」
初の両賞とも被りという多様性がない結果に……
だってどちらもだんとつにおもしろくて!皆読もう📚

ということで、前置きが長くなりましたが、第1回有田三宅賞:エンタメ小説編 には、逢坂冬馬『ブレイクショットの軌跡』を推します!
▼前回の直木賞レビューはこちら
長すぎるので後半は有料記事にしますが、有料部分では推さなかった作品のどこが気になったか、年に数回しかない「メッチャおもしろい小説として報道される枠」には何が足りないと感じたかも、それぞれ率直に明記しております。「今回の直木賞はどれも質が拮抗、すばらしい作品たちだったんだね」ではなくて、「小説の好みは人それぞれだよね」でもなくて、シンプルに作品の質として、今回は『ブレイクショットの軌跡』が最も高く、最もおもしろかった。そう書きたいと思います。
令和ポリティカル・フィクションの傑作『ブレイクショットの軌跡』
自動車期間工の本田昴は、Twitterの140字だけが社会とのつながりだった2年11カ月の寮生活を終えようとしていた。最終日、同僚がSUVブレイクショットのボルトをひとつ車体の内部に落とすのを目撃する。見過ごせば明日からは自由の身だが、さて……。
満場一致で今回はもうこれしかないでしょう! となった一作です。『同志少女よ、敵を撃て』で誇張なしに鮮烈すぎるデビューを飾った著者の、3作目にして満を持しての現代日本が舞台の長編。
あらすじの「自動車期間工の本田昴」の時点で「あれ?」と思ったあなた、察しがいいですね。昴くんの想い人は鈴木世玲奈ちゃんだよ! この時点は私は「これは劇中劇かあるいはアバター空間でのやりとりなのか?」とか思ったのですが、「ひとつのボルト」とともに後半きちんと回収されます。
三宅ちゃんが「タワマン池井戸潤日曜劇場」と称していて、そっち系の圧高めエンタメのイメージで読んだのか! と新鮮だったのですが(同じ作品を読んでも人によってまったく異なる「作画」で想像していたりするの、小説のいっちゃんおもろいところだよね!)、私の中では現代日本から世界の遠い国の紛争までをSF的想像力でつないでいく、早川書房さんがお得意とするポリティカル・フィクション群の一冊として読みました。藤井太洋『オービタル・クラウド』とか、早川じゃないけど村上龍『希望の国のエクソダス』が好きな人は絶対好き。ひりつく状況にある少年たちの描写には映画『怪物』に通ずるリリカルさもあります。
この少年たちの描写がすごくよくて。『同志少女~』の少女の表象には、実は一部違和感をおぼえるところもあったのですが、少年ものはすごくよかった。劇中時間も長いお話なので、ティーンが読んでも学生さんが読んでも大人が読んでも、それぞれにたのしめる小説だと思います。
あと、もうひとつとても印象的だったのが、クィアの登場人物の扱いで。Youtubeビジネスのお話でありつつ、クィアのお話でもあるので、登場人物のセクシャリティが匂わされたタイミングで直感的に「これアウティングの話になったらすごく嫌だな~!」という悪い予感がしたんですね。
登場人物を危機的な状況に追い込んだり、ドラマが盛り上がるような展開を作るには、アウティングされてしまうのがある意味では一番「簡単」だったと思うのですが、結論からいうとそうはならなくて。そこに、著者の倫理観と登場人物に対する尊重が感じられて、うれしかった。スキャンダラスな展開に晒されることなく、逆境を超えて関係性を継続し、自分たちのタイミングで公表に踏み切れた作中カップルに、心からの祝福を送りたいです。
ヒトコワだけど主人公は安全圏にいる『嘘と隣人』
ストーカー化した元パートナー、マタハラと痴漢冤罪、技能実習制度と人種差別、SNSでの誹謗中傷・脅し……。 リタイアした元刑事の平穏な日常に降りかかる事件の数々。 身近な人間の悪意が白日の下に晒された時、捜査権限を失った男・平良正太郎は、事件の向こうに何を見るのか?
前回受賞作の『ツミデミック』もそうだったのですが、今回は全体的に「イヤミス」もの、もっと今っぽく言えば「ヒトコワ」ものが多い印象でした。『嘘と隣人』『Nの逸脱』に、『踊りつかれて』も広義にはそうかな。
引退した元刑事が日常の謎に取り組む内に、「どこにでもいそうなふつうの人」の悪意に気付いて……という風呂敷の広げ方はスムーズで、各短編とても読みやすいのですが、一冊読了したあとに「あー、おもしろい小説を読んだ!」という満足感、満腹感にはやや乏しく、直木賞として推したいか? というと、もうひとつ何かがほしい一冊でした。この「何かがほしい」の「何か」って何? と自分でも考えてみて、思い当たったことがあります。それは「題材の掘り下げ」と「物語上その題材が選ばれざるを得なかった必然性」、そして「主人公の踏み込み」が足りなかったんじゃないかな、ということ。