原稿料や振込時期を書かずに原稿依頼をする編集者は何を考えているか

または、発注を頑張りたい会社員の詩(うた)
arimayoco 2025.06.21
誰でも

Why 出版 people?

今日は、「原稿料や振込時期を書かずに原稿依頼をする編集者は何を考えているか?」について書きます。きっかけは、ライターの高島鈴さんがブログで「編集者は全員原稿依頼に振込時期を書け」という記事をアップされていたことです。

原稿依頼がきた、やったぞ! ……と思ったら原稿料や振り込み時期が明記されていない。これもう一往復メールして聞き返さないといけないの? こっちから? 不条理ですよねぇ。出版系のフリーランスの方からのこのような切なる願いが発信がされるのは10年・20年以上前からあることで、そのたびにソーシャルメディア上で話題になりますが、十分に改善されていないのが現状です。

Blueskyで高島さんとやり取りをし、記事にも追記いただいたのですが、編集者がメールに書くか書かないかは別として、法律的には下請法で、「納入期日から60日以内の支払い」が義務付けられています。そして、この期日は過ぎると年率14.6%の遅延損害金も請求できます。このこと自体、発注する出版社側にも仕事を受けるフリーランス側にも、あまり認識されていないのでは?という疑問を抱きました。

私の立場を先に表明しておくと、以前はフルタイムで出版系の仕事をしており、現在は会社員として映像の仕事をしつつ、副業で出版に関する編集・プロデュース業務も請け負っています。会社員とフリーランスの両方の立場、発注する側と受注する側の両方の立場を経験しています。

受発注の流れのなかでフリーランスが軽視されているという問題は、出版社に限らずゲーム会社や映像会社、エンタメに限らずメーカーなど各業界であると思いますが、自分が両方の立場を経験したことがあるのは出版社だけなので、今回は一旦、出版業界に話を絞って話したいと思います。

下請法についてアンケートしてみた

私はIT企業での就労経験もありますが、上場企業だったこともあってか? 下請法には非常に厳しく、クォータごとにe-learning で下請法についておさらいし続けるような状況でした。当時チームにいた人たちに「原稿納品からの支払い期日は?」と聞けば、全員が元気よく「60日以内!」と即答できる状態だったと思います。

「出版業界での受発注がアヤフヤなのは個々の編集者がだらしないから」とシンプルに思えたら楽ですが、鬼e-learningの会社を経由してから、そもそも業界として下請法順守が重視されている状況なのか? はずっと気になっていました。会社員で、教わっていないことを状況の要請にしたがって自律的に実行できるのは一部の優秀な層だけでしょうし、そもそもどのような研修制度がどの程度整っているのかが気になり、Twitterでアンケートを取ってみました。

arimayoco
@arimayoco
RT 下請法について自分が知っていることを記事にまとめたいのですが、個々の編集さんの意識ではなく業界慣習から変わらないと難しいと感じており、商業出版社に勤める皆さんにアンケートです。

社外の方にお仕事を依頼するにあたり、下請法の遵守について会社から指導/研修で教わる機会はありますか?
2025/05/12 08:10
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アンケート質問は「社外の方にお仕事を依頼するにあたり、下請法の遵守について会社から指導/研修で教わる機会はありますか?」。回答は「全社での指導や研修がある」「部署や先輩からの指導や研修がある」「指導や研修はほぼない、全くない」の3択に、「回答者に該当しないが結果だけ見る」を加えて募集したところ、570票の投票がありました。

約6割の人が「結果だけ見る」を選んだので、有効回答者は218人です。「全社での指導や研修がある」と答えた人は104人、全体の約48%でした。次に「部署や先輩からの指導や研修がある」と答えた人が31人(14%)、「指導や研修はほぼない、全くない」と答えた人が83人(38%)という結果になりました。

これを多いと取るか少ないと取るかは難しいところですが、「部署単位も含めると全体の62%は研修を受けている」というのは、「思ったより高いな!?」という印象を私は持ちました。ほんとうなら「ほうら、そもそも研修すらこんなにされていない! 個々の編集者を責めるのではなく、業界全体で変えていこう!」という内容の記事にしたかったのですが、仮説が早々に崩れます。意外とみんな研修を受けてるじゃん。では、なぜ現場での実践が難しいのでしょうか?

発注側は何を考えているか

フリーランスの立場で心ない対応に遭うと、「げに怠惰で傲慢、冷酷なる発注側の社員よ……」という呪詛を吐きそうになることもありますが(吐いていますが)、私は本業で発注側の業務も行っているので、なんとなくですが発注側の心理もわかります。

フリーランスが懊悩しているとき、発注する側は特に何も考えていない……というより、ただただバタバタしています。外部の会社さんやフリーランスの方にこそ丁寧な対応を心掛けなければと思いつつ、忙しくて日々の業務に流されてしまい、即時に発注書を出せなかったり、丁寧にメールを書かなければいけないところを、手軽なメールで済ませてしまったりする……いやそれは「げに怠惰で傲慢で冷酷」以外の何者でもないのですが、実情としては理解できます。

しかし、そのしわ寄せがフリーランスの方にいくことは明らかにおかしい。高島さんも記事内で原稿依頼のテンプレートを作ってくださっていますが、文字数・原稿料・締め切り・振込時期については、最初のメールで明示するべきです。そうでないメールは無視されて、仕事にならないような世界になった方が本当はいいのですが、フリーランスの方が立場が弱いので、そんなふうに仕事を選んだり、「この編集者の発注は微妙だから無視していいや」と言って仕事を切っていける人はとても少ないでしょう。

発注する側の立場としては、会社員は月給で暮らしてる時点で「圧倒的に立場が強い側」だという自覚をもって、みんな歯を食いしばって発注頑張っていこうな! と、肝に銘じたいところです。しかし、「個々人がちゃんと頑張る」はただの大前提で、下請法順守のための必要条件だとは思いますが、十分条件にはなりえません。

本来、「原稿依頼」とは「発注」「納品(検品)」「請求」「支払い」の4工程でやっと1クール完了する業務ですが、平素からマルチタスクでバタバタしている編集者が、このすべてを遅延なく行うのが至難の業であることは想像に難くありません。でしたら、編集に付随するアドミン業務/デスク業務を一元的に管理する、「編集事務」「編集管理」のような職種・部署がもっと拡大すればいいのではないでしょうか。

何を隠そう、究極ずぼら会社員の私が日々どうにか業務を遂行できているのは、前職と現職では管理部門の皆さんが発注~支払い状況に常に目を配ってくださっており、毎週「発注書は出ていますか?」「これはきちんと納品されましたか?」「このままでは支払いが間に合いませんよ」と細かにアラートを上げてくださっていたり、実際に発注書や請求書の発行業務を、プロジェクト担当に替わって行ってくださっていたからなのです……。管理部門の皆さまにお手間を迷惑を掛けまくっている部分、社外の方に掛けるお手間と迷惑の総量は激減しています。

大きい出版社さんは編集デスクを導入してほしい

このようなことを考えていたら、今週タイムリーに以下の報道が出ていました。

2024年11月に定められたフリーランス新法によって、「報酬額や支払い期日について、委託するときに書面で直ちに明示すること」が義務付けられています。今回は「新法が施行されてから初の」勧告ですが、過去にも原稿料の減額などを理由に、公正取引委員会から勧告を受けている出版社はあります。

「社内体制の整備や研修が徹底されていなかった」という公取委からの勧告に対し、各社とも「コンプライアンスの強化と再発防止に取り組み」「全社一丸となって法令遵守を徹底してまいります」と回答していると記事中にありますが、では「研修の徹底」だけで問題が解決するかというと、やはり「社内体制の整備」の方が急務なのでは? という印象を拭えません。

前述した、クリエイティブ制作のフローにおいて、管理部門が事務の観点から介入していく/代わって遂行していく組織体制が、IT企業や映像メーカーにはできて、出版社にだけできないとは思いません。(余談ですが「人付き合いや企画が得意な編集者ほど、細かい事務が苦手」というのは、ある種の「あるある」として、実感とともに頷ける出版人も多いのではないでしょうか?)

企画を立て、作品の内容に責任を持つ「編集者」とは別に、発注~支払いを管理する「編集デスク」のような人員を確保することで、現状外部に染み出してしまっているコストを社内で吸収する。本気でフリーランスの権利の保護に取り組むのであれば、人員や資金に余裕のある大きな出版社さんから、そういった取り組みを検討してくれたらいいのにな~と、ひとりの出版関係フリーランスとして、切に願います。

***

▼出版社(やそれ以外の業界)で発注業務をしている会社員の方、お仕事を受けているフリーランスの方、体験談や「こういう解決があるよ!」など、あればぜひ聞かせてください

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